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12月1日まで、開館20周年を迎えた「島根県芸術文化センター」で
秋の心地よい気候に澄んだ空気、紅葉の美しい景色に合わせて、東京都内の美術館やギャラリーでは魅力的な展覧会がめじろ押しだ。しかし、芸術の秋に心を動かすインスピレーションを求めるなら、大都市を離れてみるのもいい。
この秋、島根県益田市の「島根県芸術文化センター」内にある「島根県立石見美術館」で「生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ」展が開催されている。同展は、島根県出身で世界的に活躍したファッションデザイナー・森英恵の人生とキャリアを追う大規模回顧展で、これまでにない包括的な視点から彼女の軌跡を紹介するものだ。
展示は、故郷の風景からスタートし、やがてパリのオートクチュールの殿堂に至るまでの道のりをたどる。東西の美を融合させた森独自のスタイルや、日本の素材や技法へのこだわりが随所から伝わってくる。
2025年に開館20周年を迎えた島根県芸術文化センターが総力を挙げた同展。会場には50点を超えるイブニングドレスをはじめ、写真やポスター、愛用品など約400点が一堂に会し、森がいかに西洋ファッションの言語を用いて日本的な感性や風景を表現したかをを浮かび上がらせている。
さらに「COMME des GARÇONS」の川久保玲や、「KENZO」の高田賢三といった次世代デザイナーへ影響を与えたことに加えて、従来のジェンダー観に一石を投じた側面が見られる点でも興味深い。
展覧会の冒頭では、彼女の出発点について紹介。島根の小さな町・六日市町で裕福な家庭に生まれた森は、小学4年生の頃に母と兄弟とともに上京し、東京で教育を受けた。
大学在学中、第二次世界大戦下では政府の工場で働き、卒業後すぐに結婚したが、専業主婦としての生活に満足することはなかった。吉祥寺の洋裁学校に通った後、1951年には新宿駅東口近くに自らのアトリエを構える。
ある日、夫の喫茶店でファッションショーを開催したところ、鮮やかな衣装の数々が地元映画業界の関係者の目に留まった。これが森英恵にとって大きな転機となる。やがて彼女は休む間もなく、荒廃しながらも活気にあふれる戦後の東京で、映画スターたちの衣装をスタイリング・デザインする日々を送った。
映画衣装を手がける中で技術を磨いた森は、パリやニューヨークへの旅を経て、彼女自身のスタイルや哲学を確立。1961年の雑誌記事で「Vital Type(生き生きとした女性像)」を提示した。それは、機知に富み魅力的で、自分の考えを恐れず表現し、仕事でも私生活でも自分らしさを貫く、そんな理想の女性像で、まさに森自身の姿を映し出していた。
展示の後半では、森が世界的デザイナーへと上り詰める過程が紹介されつつ、随所に故郷・島根とのつながりが感じられる構成になっている。幼少期から親しんだ藍染めへの関心や、郷里の山や花、チョウをモチーフにしたドレスはまさにそれを示す。六日市町の田んぼに舞うチョウは森にとって永遠のインスピレーションであり、春や喜びの象徴であると同時に、移ろいやすいファッションの象徴でもあった。
平仮名をあしらった黒と白のドレスは、約1300年の歴史を持つ「石州和紙」の質感を思わせる。なお、石州和紙については、同館で同時開催中の企画展「石州和紙といわみのくらし」で詳しく紹介されているので、こちらもチェックしてほしい。10・11月には学芸員によるガイドツアーも行われ、地元の職人技や文化にさらに深く触れられる。
最も印象的なのは、ギャラリー全体を使ってドラマチックに展示された約50点のオートクチュール。中でもイブニングドレスやローブは、1977年にアジア人として初めてパリにオートクチュールメゾンを設立した偉業を示すものだ。
ほかにも、チョウをテーマにした赤と黒のドレスから、歌舞伎役者やリュウ、ツルなど浮世絵風の意匠を取り入れた作品まであり、その幅広い表現力に驚かされる。また、美術家の横尾忠則や、女優の岡田茉莉子、モデルの松本弘子とのコラボレーションも紹介され、森が多彩な文脈でクリエーションを展開していたことがうかがえる。
ミュージアムショップも見逃せない。関連書籍や雑誌、シルクスカーフなどのテキスタイルに加え、島根で300年以上続く老舗和菓子店「來間屋生姜糖本舗」による特製の「生姜糖」も販売。ここでしか手に入らない限定品を持ち帰って、鑑賞後の余韻を楽しむのにぴったりだ。
最後に、島根芸術文化センターの建物にも注目したい。建築家・内藤廣による設計で、屋根や外壁には伝統的な石州瓦が使われ、地域の歴史に敬意を表している。瓦の色は太陽の動きに合わせて変化し、周囲の風景と絶妙に調和する姿が美しい。
戦後を生きる女性にとって、Vital Typeを体現するように生き生きと創作に向き合い自分らしく生きた森の姿は、大きな勇気を与えるものだったに違いない。そんな森の歩みと創作を一堂に振り返られるこの機会を逃す手はないだろう。秋風が爽やかな季節、旅を兼ねて足を運んでみてほしい。
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