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ベトナム文化を世界に発信、「ミシュラングリーンスター」獲得店の背景に迫る
2025年9月2日、代官山にベトナム・ダナン発のモダンベトナムレストラン「ネン トウキョウ(Nén Tokyo)」がオープンした。
ダナンで国内初の「ミシュラングリーンスター」を2年連続獲得した同店は、「意識的にベトナムらしく」をコンセプトに掲げ、食を通じてベトナムの自然や風土を革新的な表現でゲストに届けることを信念としている。エグゼクティブシェフのサマー・レ(Summer Le)に、新店にかける思いと料理の哲学について聞いた。
ー「ネン トウキョウ」がオープンしましたが、今の心境はいかがですか?
今でも信じられず、夢のようです。実は2019年から東京にレストランを出店する計画があったのですが、コロナ渦の影響で計画は一時休止となっていました。学生時代、大分の立命館アジア太平洋大学に通っていたこともあり、日本は私にとって第2の故郷です。そのような場所で3号店目のレストランをオープンできたことを、光栄に思います。
ー日本の中でも、東京というエリアを選んだのはなぜだったのでしょうか。
私は食を通じて世界にベトナム文化を届けることを目標にレストランを立ち上げました。東京はミシュラン星付きレストランの数が世界で最も多い美食都市。そのステージに立ってシェフとして自国の文化を発信し、成功を目指すことは、非常に価値あることだと思いました。
ーネンというのは、ベトナムの食材の名前ですよね? 店名には、どういった意味が込められているのでしょうか。
ネンは、私の生まれたベトナム中部でよく食べられる、エシャロットとニンニクの間のような食材です。料理に深みと風味を与えてくれますが、残念ながらべトナム全土では認知度の低い、知られざる食材でもあります。
私たちはこのように、まだ世の中で知られていないものに可能性を見つけ、価値を与えられる存在になりたい。そう思い、ネンを主役に据えた店名にすることを決意しました。
ーレストランの空間でこだわった点はありますか?
建築はデザインスタジオ、ネンド(nendo)によるものです。インテリアデザインは代表がベトナム出身で、日本でも経験を積んだミライハウス(Mirai House)に依頼しました。
ゲストには食べることに集中してほしいので、黒をベースにミニマルな空間にまとめています。竹の繊維をこして作るベトナムの紙芸術、チュックチー(Trúc Chỉ)を随所に取り入れ、現代的な感性と伝統的な文化が調和する店内に仕上げました。
壁に掛けられた3枚のアートは、ベトナムで欠かせない伝統調味料、ヌクマムができるまでを描いたものです。アンチョビを捕ってつぼで発酵させ、最後の一滴になるところまでを竹紙と絹で表現しています。ヌクマムは日本でいう醤油のようなもの。私にとって料理の魂ともいえます。
ーサマーシェフの料理をいただきましたが、いずれもベトナム文化を背景に感じる、感性が光るメニューばかりでした。特にご自身の哲学が反映された料理を教えてください。
シグネチャーメニューの「バランス」です。ガックフルーツやカニステル、ベトナム風ペスト、発酵したネンなどの4種のピューレにライスロールをディップして味わうメニューですが、塩味・酸味・辛味・甘味・コクなどの五味を一口で感じられる一皿となっています。
ー この料理には、どのような哲学が反映されているのでしょうか
ベトナム人が大切にしている東洋医学には、自然界や人体の働きを、木・火・土・金・水の5つに分類する五行という考え方があり、これらの釣り合いが取れることで生命活動が円滑に保たれるといわれています。この料理はまさにその哲学を体現したメニューです。「バランス」は味だけでなく、私たちの生き方にも重要な役割を果たすものだと考えています。
木の樹皮から作るベトナムの伝統的な手漉き和紙、ドーからインスパイアされた「紙」も思い入れのあるメニューです。ドーは繊細でありながら何百年も持つ強度を備えた紙で、私も食べられる紙を作りたいと思い、試行錯誤を重ねて出来上がったのがこの料理です。
食べられる紙は、ベトナムの自家農園で育てたホウレンソウを水に浸して刻み、網の上で乾かすことで完成しますが、本物の紙とほぼ同じ工程で作っています。パリッとした食感の紙にコクのあるカモのパテやウナギを挟むことで、古くから残る自国の文化を、私なりの新たな表現に変換したいと考えました。伝統とは守るだけでなく、再構築することで未来へとつなげていくものだと思うのです。
ー 2024年、2025年とミシュラングリーンスターを獲得されていますが、新店でのサステナブルな取り組みを教えてください。
ベトナムは「もったいない」という考え方が根づく国です。そうした背景もあり、以前から食材の隅から隅までを使い切りたいという思いがありました。例えば、料理に使うライムジュースは、果肉や皮まで使用するように心がけています。
また、コースの初めには従来であれば捨ててしまうコーヒーチェリーの皮の部分、カスカラに大分の焼酎を合わせた食前酒を提供し、新しい価値を作る努力も続けています。
ー最後に、今後の展望を教えてください。
今はディナーのみを実施していますが、今後はベトナムの家庭料理をメインに据えたランチの提供や、他店とのコラボレーションイベントの実施も視野にいれていますと、サマーシェフ。
ネン トウキョウは、シェフとダナンの高校時代からの付き合いで、20年以上関係を続けるクリエーティブディレクター、レオン・レ(Leon Le)と一緒に担う店でもある。さらに、この店で働くコアメンバーは、ほぼ日本で大学時代をともにしたベトナム出身の仲間たちだ。
私たちのミッションは、日本とベトナムの懸け橋になること。食を通して、風土や文化を紹介し続けることを、ブレずに貫いていきたいですねと、最後に語ってくれた。
ベトナムの伝統を、大胆なクリエイティビティと緻密なストーリーテリングで現代的な表現に昇華し、発信し続ける彼らの今後が楽しみで仕方ない。
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